M16 1995年(平成7年)11月3日(金曜日)東京新聞 

息子の交通事故死
道路管理にも問題
八王子の夫妻 都などを提訴

 八王子市で平成四年、長男がダンプカーにはねられ死亡したのは、運転手のほか都の道路管理にも問題があったとして、同市に住む両親が二日、運転手、雇用主と都を相手取り、一億五千万円余りの損害賠償を求め、地裁八王子支部に提訴した。訴えたのは、同市上川町の病院職員長谷智喜さん夫妻。訴えられたのは都のほか、ダンプカーを運転していた同市の男性Aさんと、雇用主で同市にある芳村石産株式会社。訴状によると、平成四年十一月、長谷さんの長男元喜君=当時(11)=は、同市上川町の都道交差点でAさんの運転するダンプカーにはねられ死亡した。事故当時元喜君は青信号で道路を横断中で、事故は運転手側の一方的過失としている。長谷さん夫妻は、事故以来、現場に限らず信号機をより安全な設備に代えるよう都などに要望してきたが、対応がなかったとして提訴に踏み切ったという。長谷さんは「裁判を通じて全般的な信号機の改善を世間に訴えたい」としている。


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M17 1995年(平成7年)11月7日(火曜日)讀賣新聞

「長男事故死は不適切な信号機原因」
損害賠償を求め提訴
八王子の長谷さん都、運転手ら相手取り

 「青信号だった都道の横断歩道を渡っていた小学校五年の長男が、ダンプにはねられ、死亡したのは、都の信号設置が適切でなかったため」などとして両親が六日までに、都とダンプの運転手らを相手に、計約一億五千百三十七万円の損害賠償を求める訴えを東京地裁八王子支部に起こした。

 訴えたのは、八王子市上川町の病院職員、長谷智喜さんと、妻のかつえさん。訴えによると、長谷さんの長男の元喜君〈当時十一歳)は、九二年十一月十一日午前八時ごろ、自宅近くの都道上川橋交差点で、青信号の横断歩道を歩行中、同じく青信号で交差点を左折してきたダンプにはねられ死亡した。この事故は、歩行者とダンプの双方が青信号に従っていたにもかかわらず発生したもので、道路管理者の都は、こうした危険度の高い交差点には、歩行者横断中は車両をすべて赤とする「分離信号機」を設置するべきだったなどと都の管理責任を追及している。

 また、ダンプの運転手と勤務先の会社には、事故の一方的な過失があるなどとして、都、ダンプ運転手、会社の三者に対し、賠償を求めている。長谷さんは事故の後、市民らの署名を集め、警視庁と八王子署に信号システムの改善を求める要望を提出するなどの活動を行っており、「裁判を通じて、信号機の改善の必要性を訴えていきたい」と話している。

都訟務課の話「訴状を見ていないので、コメントできない」


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M18 1997年(平成9年)5月6日(火曜日)東京速報 第2334号

法廷の場へ
愛児子亡くした長谷智喜夫妻が

 四年前、愛児を交通事故(上川口、美山入口信号際)でなくされた八王子市上川町2992-5歩行者事故防止研究会・長谷智喜・かつえ夫妻は、人に優しい交差点、子どもたちが無事で家に帰り着く、当たり前の交通環境を求めて「交差点分離信号」設置を叫び続けて今年も法廷の場で頑張って行きたい、との状況を本紙・東京速報に伝えてきた。現在は交通事故遺族の会会員。


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M19 1997年(平成9年)5月27日(火曜日)東京速報

22日に原告を尋問
地裁八王子支部
「分離信号訴訟」で

 東京地裁八王子支部は、「歩行者事故防止研究会」の長谷智喜・かつえ夫妻が提訴した「分離信号訴訟」で二十二日午前十時三十分から原告尋問を行う。長谷夫妻は、平成四年十一月十一日、八王子市の上川橋交差点で信号待ちをしていた愛児を、「左折じゅうりん事故」で失って以来、郊外交差点での分離信号を訴え、地域住民の署名を添えて、警察署にその実現を要請した。しかし、これが却下され、同七年の十一月に、都と加害者を被告にした「分離信号訴訟」をおこしていたもの。

 本年三月十三日には、都行政の「かし」に関する最終的な書面を提出、これに続いて原告本人の尋問、警視庁交通部職員の証人尋間が予定されるなど、ようやく訴訟がヤマを迎えている。

 なお長谷氏夫妻は、「車優先構造の社会で、子どもや高齢者を交通事故から守るために、極力〃人と車の分離化〃をすすめるべきだ」と主張している。


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M20 1997年(平成9年)5月23日(金曜日)朝日新聞

車をすべて止める安全型
「分離信号機を設置すべきだった」

 交差点を歩行者が渡るときには、車の動きをすべて止める安全性の高い分離式信号機を設置すべきだ−−。小学生の長男を交通事故で失った八王子市内に住む両親が、信号機を管理している都を相手取って、信号機設置の改善などを求める裁判が、地裁八王子支部(宇田川基裁判長)で続いている。都は「信号機設置に瑕疵(かし)はなかった」と反論。二十二日に開かれた法廷で、原告の本人尋間に立った父親は「交通事故は人災。いま生きている子どもたちを同じ目にあわせたくない」と、分離式信号機の必要性を訴えた。

子が交通死の両親 都相手に係争中
地裁八王子支部

 事故は、八王子市上川町のT字路交差点「上川橋交差点」で一九九二年十一月十一日午前八時ごろ、病院職員長谷智喜さん(43)の長男元喜君(当時11)が、小学校に行くために青信号に従って横断中、左折してきたダンプカーにはねられ、死亡した。

 注意不足だけでなく、都が安全性の高い分離式信号機の設置を怠ったために起きた」などとして、運転手(53)とともに、都を相手取って九五年十一月に損害賠憤を求める訴えを起こした。現場交差点の信号機は、車道の信号が青になったときに「同一方同の歩行者信号も青になるもの。法廷で長谷さんは「信号に正しく従って事故にあうのは、今の信号が運転者が注意してくれるであろうという前提になっているから。そんなに人間の信頼性は高くない」などとして、押しボタン式で、歩行者が渡りたいときにはすべての車道の信号が赤になる分離式信号機を設置すべきだったと主張した。

 分離式信号機は、変則的な形のY字路などにすでに使われている。被告の都はこれまで、両親の訴えに対して「運転手の著しい過失によって発生した事故であって、分離式信号機を設置していなかったからといって、事故発生の責任を問われる言われはない」と争っている。尋問で長谷さんは「信号機が正常に動いていたから安全というのでは、納得がいかない。ほかのところでも同じように正しく信号に従って事故にあう人がいるのに責任がないというのはおかしい」と訴えた。裁判は次回、警視庁交通管制課から都側の証人が出廷する予定だ。


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M21 1997年(平成9年)6月17日 東京速報 第2341号

次回の法廷7月17日
交通事故で亡くした 長谷夫妻が都と

 分離信号機の設置を叫んで五年、都相手に係争中の、(小学生の長男交通事故で亡くした)八王子市上川町の長谷智喜・かつえ夫妻は、既報の通り22日、地裁八王子支部原告の本人尋問に立った。

 「交通事故は人災。今生きている子どもたちを同じ目にあわせたくない」と分離信号機の必要性を訴えた。

 次回の法廷は七月十七日(木)午後三時四〇一号法廷で開かれるが、今度は警視庁交通管制課から都の証人が出廷する予定。


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M22 1997年(平成9年)7月26日(土曜日)アサヒタウンズ多摩版

信号機に欠陥ないか
小5の息子失った両親 分離信号求め訴え

 わが子は青信号で渡っていたのに、左折してきたダンプにひかれて死んだ。人と車を分離しない信号機にも事故の責任がある−

 五年前、息子の元喜君を亡くした両親、長谷智喜・かつえさん(八王子市上川町)が〃分離信号訴訟〃を起こしている。五月二十一日には原告の長谷さんが証言台に立ち、今月十七日には被告の東京都(警視庁)の証人尋間が行われた。問題の事故は、五年前の十一月十一日、八王子市上川町にあるT字路の上川橋交差点で起きた。

 当時、上川小五年の元喜君が、左折してきたダンプにひかれて死亡。元喜君の両親は、ダンプの運転手の不注意だけでなく、信号機のシステムそのものに欠陥があったと考えた。左折車両の多い上川橋交差点では、青信号で渡る歩行者の安全を守るためには、車を一時全部止めて渡れる分離信号にするべきだと主張。事故後半年して「八王子そごう」で告発の写真展を開催、一万六千人もの署名を集め、八王子警察署や警視庁交通官制課へ要望書を提出するなど運動を進めてきた。しかし警視庁側から納得のいく回答がなく、長谷さん夫妻は二年前の十一月、東京地裁八王子支部に、事故を起こした運転手と信号機を管理している東京都を相手に民事訴訟を起こしていた。

 五月に開かれた口頭弁論では、長谷さんが押しボタン式の分離信号とはどんなものか、上川橋交差点はどのような交差点か、子どもはどうして事故に遭ったのか、を詳細に証言。ほかの交差点の同類事故などについても述ベ「息子の事故は、信号機を管理している都に落ち度があった」と主張した。

 今回は、今年三月まで警視庁交通官制課の信号担当副管理官だった加藤信夫さんが被告側証人として出廷。「この交差点を押しボタン式信号にすると、交通は渋滞し、信号が変わるまでの間に待ちきれずに飛び出す車や歩行者が予測されて、かえって危険。この事故は、運転手の過失によって起こったもので、見通しがよく歩道もガードレールも設置された上川橋交差点は、お互いが交通ルールを守っていれば、安全性に問題はない」と述べ、原告側と真っ向から対立した。次の公判は十月二日に予定されている。

 長谷さんは「今生きている子供たちの命の保証を勝ち取りたい。いつも裁判のたびに、知人、近所の方、交通事故遺族の会の方たちが傍聴にきてくださり心強く感じています」と話している。


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M23 1997年(平成9年)10月3日 毎日新聞多摩版

歩行者横断中は・・・全赤信号に
分離信号機訴訟が結審
八王子 事故で小5失った両親訴え

 小学5年の長男を交通事故で亡くした両親が、歩行者が横断歩道を渡っている時は信号機をすべて赤にして車を止める「分離信号機」を設置すべきだったなどとして、地裁八王子支部(宇田川基裁判長)で都などに約1億5000万円の損害賠償を求めている訴訟が2日、結審した。

【矢野純一】

有効性訴え独自資料も

 訴えているのは、八王子市川上町の病院職員、長谷智喜さん(44)と妻かつえさん(44)。1992年11月、長男元喜君(当時11歳)は自宅から約800メートルの都道丁字路交差点で、登校途中に妹と青信号で横断歩道を渡っていて、同じ青信号で左折して来たダンプにはねられ死亡した。長谷さん夫妻は、ダンプの運転手と勤務先の会社に加え、道路管理者の都も被告とし、都に対し危険度の高い現場には分離信号を設置すべきで過失があったとしている。一方都は「加害者の過失が大きく、都側に事故の責任はない」と主張している。

 「青信号で横断歩道を渡っても事故に遭う危険があるのです」と智喜さんは強調する。これ以上同じ事故が繰り返されないように分離信号の導入を求めるため事故から3年後、提訴した。脳裏には毛布をかけられ歩道に横たわる元喜君の姿が目に焼き付いている。「自分も子供の所へ行きたいと思った」という。そんな思いを吹っ切るように、夫妻は分離信号機の導入を求める運動を始めた。歩行者のさほど多くない交差点には押しボタン式の分離信号機が有効という。
事故現場にこの方式の分離信号機導入を警視庁に求めた署名活動には、2万人以上が賛同した。

 裁判では、2人で現場交差点の車両通行量を調査した資料も提出。分離信号機を設置している交差点の実態も調べた。独自に調べて裁判所に提出した資料は厚さ10センチほどになる。バンドが引き千切れたランドセルの中に、元喜君が作ったなぞなぞのカードが残っていた。「信号はなぜあるのですか?」「信号がないと事故が起きるから」−。

 「当たり前のことを訴えた。裁判長にも伝わっていると思います」。結審後、智喜さんは傍聴の支援者に深々と頭を下げた。判決は12月11日、言い渡される。

【写真】 元喜君がトラックにはねられた事故現場。今も大型ダンプがひっきりなしに通る


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M-24 1997年(平成9年)12月19日 讀賣新聞多摩版

97、取材ノートからH
息子の死 分離信号機さえあれば・・・
不慮の事故巡り25日判決

 「車の側も青、歩行者の側も青。両方とも信号に従って進んだのに、なぜ息子は死ななければならなかったのでしょうか」八王子市上川町に住む病院職員、長谷智喜さん(44)は、この5年間、抱き続けてきた思いを法廷の証言台で語った。

 八王子市立上川口小の5年生だった長男の元喜君が、登校途中に道路を横断しようとして左折してきたダンプにひかれて亡くなったのは1992年11月、11歳だった。「最初から裁判を起こすつもりだった訳ではありません」。原告として地裁八王子支部の証言台に初めて立った9回口頭弁論の直前の今年5月、長谷さん自身からそんな言葉を聞いた。現場に残されたランドセルから一枚のカードが見つかった。

「信号はなぜあるのか」「信号がないと事こにあうから」。

 見慣れた元喜君の筆跡だった。それを見て長谷さんと妻のかつえさん(44)は泣き崩れた。「危険な交差点を通らざるを得ないほかの子たちのためにも、このままほおってはおけない。歩行者が道路を横断している間は、車両用信号機を全方向で赤にする「分離信号機」の導入を訴えるため、写真展を開くなどの活動を開始した。

 事故現場は八王子市北西部に点在する採石場に向かうダンプが今も

激しく行き交う場所だ。地域が夫妻の支援に立ち上がり、一方一万七千人が署名した分離信号設置を求める要望書が事故の翌年、警視庁と八王子署に提出された。しかし、その努力に行政は沈黙で答えた。

「危険な交差点には分離信号機を設置すべきだった。」事故から3年後の95年11月、夫妻は信号機の管理者である都などを相手取って損害賠償を求める訴訟に踏み切った。支局はこの裁判に関する膨大な資料がある。近隣の類似事故を調べ上げた表、現場の交通量をまとめたグラフ・・・・。すべて長谷さん夫妻が作ったものだった。

 「歩行者への安全対策を前向きに検討するのなら、和解に応じる用意はある」とする長谷さんに対し、都は「事故は加害者の過失。都に責任はない」と応じ、両者の主張は平行線をたどってきた。

 先月二日裁判はようやく結審し、判決は25日に言い渡される。「判決が地域の子共たちにとって最高のクリスマスプレゼントになりますように」。長谷さん夫婦の願いは天に届くだろうか。

(飯田祐子)

イラスト・村越永麻


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M25 1997年(平成11年)12月26日(金曜日)朝日新聞多摩版

分離信号機設置裁判
「信号機に問題はない」
地裁支部判決 原告の請求を棄却

 小学生の長男を交通事故で失った八王子市内に住む両親が、信号機を管理している都を相手取り、現場の交差点には安全性の高い分離式信号機を設置すべきだった、などと争っていた裁判の判決が二十五日、地裁八王子支部で言い渡された。宇田川基裁判長は「運転者の一方的で重大な過失による事故が発生したことをもって、信号機自体に問題があるとはいえない」と、原告の請求を棄却した。加害者側のダンプカー運転手と雇用会社に対する損害賠償請求については、原告側に計約三千三百万円を支払うよう命じた。

 事故は、八王子市上川町の丁字路交差点で、一九九二年十一月、病院職員長谷智喜さん(四四)の長男元喜君(当時11)が、小学校に行くために青信号に従って横断中、左折してきたダンプにはねられ、死亡した。両親は「押しボタン式で、歩行者が渡りたいときにはすべての車道の信号が赤になる分離式信号機を設置すべきだった」などとして、九五年十一月に損害賠償を求める訴えを起こした。長谷さんは判決後、「できるだけ安全な構造をつくるのが行政の仕事。判決は分離式信号機になれば事故が減少すると言っていながら、問題を認めないのはおかしい」と話し、控訴する意向を示した。


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M26 平成9年(1997年)12月26日(金曜日)産経新聞多摩版

小5死亡事故 分離信号機訴訟
両親の願いに”青”灯らず
「運転者の過失原因」都への損賠請求棄却 地裁支部判決

 「ぼくがわたった信号は青だったんだよ」−。八王子市上川町で平成四年、横断歩道を歩行中の小学生がダンプにひかれ死亡した事故で、歩行者の横断中は車両用の信号をすべて赤とする「分離信号機」を設置すべきだったなどとして都などに対し総額約一億五千万円の損害賠償を求めていた裁判の判決が二十五日、地裁八王子支部で言い渡された。宇田川基裁判長は加害者らの賠償責任は認めたものの都に対しては「信号機に瑕疵があったとはいえない」として請求を棄却した。

 訴えていたのは、八王子市上川町の病院職員、長谷智喜さん(44)と妻のかつえさん(44)。事故が起きたのは平成四年十一月十一日午前八時ごろ。長谷さんの長男の市立上川口小五年、元喜君=当時(11)=が登校途中、丁字路交差点で青信号に従い横断歩道を歩いていたところ、同じく青信号で発進、左折してきた大型ダンプにひかれ死亡した。
周囲に奥多摩の景色を残す事故現場は、交通量はさほど多くないが、近くに砕石場が点在することから大型ダンプの往来が目立つ。歩行者の半分近くが学校に通う子供たち。「親や学校の教えに従い、青信号で横断した息子はなぜ、死ななければならなかったのか」。事故後も消えることのない怒りを振り払い、夫妻は息子の命を奪ったのと同じ悲劇を繰り返さないで、と「分離信号機」導入を訴えていくことを心に決めた。

 長谷さんは市内で写真展などを開き、翌年には地域住民を中心に二万人近い署名を添えて、設置を求める要望書を警視庁と八王子署に提出した。管理者でもある都にも要望し続けたが、都側は沈黙を通した。平成七年十一月、損害賠償請求訴訟を起こした。訴訟では原告側が「この信号機が横断歩行者にとり危険で、設置、管理に誤りがあったのは明らか。分離信号機を設置すれば歩行者の安全性が飛躍的に向上する」と主張した。一方、都側は「現場は見通しのよい交差点であえて分離式に変更する必要性はない。事故は運転手の著しい過失で発生したもので、負うべき責任はない」と反論。双方の主張は平行線をたどったまま結審した。判決では、被告の運転手と雇用者の会社に対する計約三千三百万円の賠償責任を認め、「分離信号に改めれば同様の事故が発生する確率は減少することが予想される」としながらも、「事故は運転者の重大な過失で発生したもの」として都への請求は棄却された。

 長谷さんは判決後、「信号機の主張が一切認められず、本当に残念」と位はいを手に唇をかみしめ、控訴する意向を示した。事故現場の信号機は元のまま。この日、花とかつえさんが毎年贈るクリスマスカードが供えられていた。傍らに置かれた供養の石には布が掛けられ、「ぼくがわたった信号は青だったんだよ」と記されている。

【写真】左折する大型車の交通量が多く、分離信号機設置を求める訴訟に発展した事故現場の交差点=八王子市上川町


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M27 1997年(平成9年)12月26日(金曜日)東京新聞

「運転手らは3300万円支払え」
=分離信号機訴訟で判決=
信号機の瑕疵は認めず

東京地裁八王子支部

 小学五年生の長男が、ダンプカーにひかれ死亡したのは、歩行者が横断中は車両用信号も赤にする「分離信号機」にしていなかったからだ、などとして両親が都などに約一億五千五百万円の損害賠償を求めた裁判が二十五日、東京地裁八王子支部であり、宇田川基裁判長は、ダンプカーの運転手と雇用主に約三千三百万円の支払いを命じたが、「信号機自体に瑕疵(かし=欠点=)はなかった」として都に対する訴えは棄却した。

 訴えていたのは、八王子市上川町の病院職員長谷智喜さん(44)、かつえさん(44)夫妻。平成四年十一月、長男元喜君=当時(11)が登校途中の都道交差点を青信号で渡っていたところ、青信号で左折してきたダンプカーにひかれた。
長谷さんらは一万七千人の署名を添え、分離信号の設置を求める要望書を警視庁などに提出したが、対応がなかったとして七年十一月に提訴。「現場は大型車両の右左折が多く危険度の高い交差点。安全性の高い分離信号に改めるべきで、信号機に設置、管理の暇疵があった」と主張していた。判決では、「信号を分離式に改めれば、交通事故発生の確率が減少する」と認めながらも「違法走行など交通上のあらゆる危険を防止する安全性を備える必要はなく、運転者の重大な過失による事故があったからといって信号機自体に瑕疵があるということはできない」とした。

 長谷さんらは、「完全な安全を求めたのではなく、べ夕−を求めていた。都は予算がつく限り、安全な分離信号に付け替えていくべきで、判決は安全性は何かについて踏み込んでいない」として、控訴する方針という。


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M28 1997年(平成9年)12月26日(金曜日)毎日新聞多摩版

信号機訴訟判決
都への請求棄却
地裁八王子支部 「設置に落ち度ない」

 小学5年生の長男(当時11歳)を交通事故で亡くした八王子市内の両親が、歩行者が横断歩道を渡っている時、車側の信号はすべて赤になる「押しボタン式の分離信号機」を都は設置すべきだったとして、都などを相手に約1億500O万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が25日、地裁八王子支部であった。

 宇田川基裁判長は、事故を起こした運転手と運送会社に過失を認め約3320万円の支払いを命じたが、都に対する請求については「信号機設置に落ち度はない」として棄却した。両親は都の責任が認められなかったことを不服として、東京高裁に控訴する方針。原告は、同市上川町の病院職員、長谷智喜さん(44)と妻かつえさん(44)。長男の元喜君は1992年11月、自宅から約8O0メートル離れた都道の丁字路交差点で、青信号で横断歩道を渡っている時、同じ青信号で左折してきたダンプにはねられ死亡した。

 判決は、分離信号機を設置していれば事故は防げたとする原告の主張に対し「分離信号機に改めれば交通事故の発生率は減少する」としたものの「現場交差点は特に危険性を有していたとは認められず、運転手の一方的かつ重大な過失により事故が起きた」として、現在の信号機を設置した都に落ち度はないとした。

「青信号でなぜ犠牲に」
原告の長谷さん 長男の位はい忍ばせ

 「このままでは子供を持つ親は安心できない」。くしくもクリスマスの日になった判決後、長谷智喜さんは支援者を前に怒りを押し殺すように話した。長谷さん夫妻は「国や学校が教えた通り青信号で渡っていたのに、なぜ犠牲にならなければいけないのか」と、割り切れない思いを裁判にぶつけた。訴えの中心も、現場に分離信号機を設置していれば事故は防げた、と都の責任を追及するもので、原告代理人の古田兼裕弁護士は「信号機の設置者の責任を真正面から問う裁判は、全国でもこれが初めてではないか」としていた。1995年11月の提訴から夫妻は、証拠資料となるデータや事例集めに奔走した。八王子市内の交差点で交通量の調査をしたり、事故があったと聞けば、現場に駆け付け検証をしてきた。

 この日、智喜さんは背広の内ポケットに元喜君の位はいを忍ばせて一緒に判決を聴いた。傍聴には、交通事故で家族を失った人や事故現場周辺の住人ら支援者約40人が訪れた。都側の責任を一切認めない判決に、怒りで涙を流す人もいた。元喜へのクリスマスフレゼントになるのでは・・・」。期待が裏切られた智喜さんはこれからも頑張ります」と言って深々と頭を下げた。【矢野純一】


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M29 1997年(平成9年)12月26日(金曜日)讀賣新聞多摩版

信号機欠陥訴え男児死亡訴訟
「都の責任」退ける 
運転手などの過失は認める 地裁支部判決

 小学五年生の長男が道路を横断しようとしてダンプカーにひかれて亡くなったのは、運転手の過失に加え、適切な信号機を設置していなかったのが原因として、八王子市内の病院職員夫婦が信号機を管理している都と、ダンプカーの運転手らを相手に約一億五千万円の損害賠償を求めていた裁判の判決が二十五日、東京地裁八王子支部(宇田川基裁判長)で言い渡された。宇田川裁判長は「歩行者に対する注意を怠り、過失により事故を発生させた」として、運転手と勤務先の採石会社に計三千三百万円を支払うよう命じた。

 また、都に対する訴えについては「青信号に従って右左折する車両は道路を横断する歩行者と交差する」として、交差点の危険性は認めたものの、「信号機は絶対的に安全でなければならないものと考えるべきではない」として全面的に退けた。

 訴えていたのは、同市上川町の長谷智喜さん(44)と妻かつえさん(44)。判決などによると、長谷さんの長男の元喜君(当時11歳〉は一九九二年十一月、登校中に同市上川町の上川橋交差点を青信号に従って横断中、同様に青信号で左折してきたダンプカーにひかれて亡くなった。夫妻は「危険な交差点では、歩行者が横断している間は全方向の車両用信号機を赤にする『分離信号機』を設置するべきだった」と主張、慰謝料や逸失利益など計一億五千万円の支払いを求めていた。


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M30 1998年(平成10年)1月10日(土曜日)アサヒタウンズ

届かぬ分離信号請求
地裁八王子支部 原告の訴え棄却

 信号機自体に落ち度はなかった…東京地裁八王子支部で、二年前から審理されていた〃分離信号訴訟〃の判決が先月二十五日言い渡された。息子の交通事故死をきっかけに、歩行者にとって、より安全な分離式の信号を求めて運動を続けてきた原告の長谷智喜さん(44)かつえさん(44)夫妻(八王子市上川町)にとって、非情な「棄却」判決となった。

 五年前の十一月、当時八王子市立上川小五年だった長谷さん夫妻の長男、元喜君は、秋川街道・上川橋交差点(T字路)の横断歩道を、青信号にしたがって横断中、左折してきたダンプにひかれ即死した。「息子は青信号で渡り、ダンプも青で進入してきた。運転手の過失はもちろんだが、信号機のシステムに欠陥があったのではないか」。ダンプの往来の多い上川橋のような交差点は、歩行者と車の走行が完全に分離出来る信号に変えるべきだ−長谷さん夫妻は考えた。多くの人にそのことを伝えようと、写真展を開き、分離信号設置の要望書を作り、署名を集めた。その数は二万人近くにもなった。要望書は八王子警察署へ、さらに警視庁交通管制課へ提出したが、いつも空振りに終わった。その後、長谷さん夫妻は、上川橋交差点の通行量を調べ、近隣の多くの交差点を訪ね歩いた。

 二年前の十一月「やるべきことはやった」と、ダンプの運転手、信号機を管理している東京都などを相手に民事訴訟を起こした。この日の判決によれば、運転手と雇用事業所に対しての損害賠償請求は一部認められたものの、信号機の設置、管理など都側の落ち度については「運転手の一方的かつ重大な過失による事故が発生したことをもって、信号機自体に欠点はない」と棄却された。裁判の傍聴には元喜君の同級生の親など四十人近くの支援者が訪れた。十七年前、八王子市内の交差点で、小学四年の長男を亡くした安助(あすけ)美代子さん(同市滝山町)は「新しい道はどんどんでき、車の量は増えている。何かが少しても変わる判決をと祈っていましたが、まったく前進のない判決」と憤る。

 長谷さん夫妻は、元喜君の位牌を抱いてこの日にのぞんだ。「こういう判決が出ても、おかしいものはおかしいと今後もきちんと筋を通していきたい」と、控訴の決意を示した。「二度と私たちのような思いをしてほしくない、子供たちには安全性の高い信号機のシステムを保証してあげたい…」長谷さん夫妻に、まだ陽の光は見えない。

(榎戸友子記者)


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