東京地裁 八王子支部 判決  平成9年12月25日

平成七年P第二六○八号 交通事故による損害賠償請求事件

判 決

東京都八王子市
             原告 長谷智喜
        右同所  同  長谷かつゑ

右両名訴訟代理人    弁護士 古田兼裕
             同   秋山之良
             同   田中克治

東京都八王子市
             被告  W
東京都八王子市
             同   Y石産株式会社
右両名訴訟代理人弁護士      A

東京都新宿区西新宿二丁日八番一号

             同  東京都

         右代表者知事 青島幸男

右指定代理人          西道 隆
             同  土田立夫
             同  鈴木健一
             同  近藤 潔

主文

一 被告W、同Y石産株式会社は、連帯して、原告長谷智喜に対し右各金員に対する平成四年一一月一一目から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。原告らの被告渡辺芳孝及ぴ同芳村石産株式会社に対するその余の請求並ぴに被告東京都に対する請求をいずれも棄却する。

訴訟費用中、原告らと被告W及び同Y石産株式会社との間に生じたものはこれを四分し、その一を被告Wび同Y石産株式会社の負担とし、その余を原告らの負担とし、原告らと被告東京都との間に生じたものは原告らの負担とする。

  ・・・・・・・中略・・・・・・

四この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一 請求

 ・・・・・・・略・・・・・・・

第二 事案の概要

 本件は、信号機により交通整理の行われていた交差点において、青信号に従い左折して同交差点に進入した大型貨物白動車が、通学のため青信号に従い同交差点の横断歩道を横断歩行していた小学生に衝突し、同人を死亡させた交通事故に関し、被害者の両親が、右車両の運転者に対し民法七○九条に基づき、同運行供用者の雇用者に対し自賠法一二条に基づき、右交差点の信号機の管理をしていた東京都に対し国家賠償法二条一項に基づき、各損害賠償を請求した事案である。

一 争いのない事実

1 本件事故の発生

 被告W(以下「被告W」という。)は、平成四年一一月一一日午前八時〇〇分頃、大型貨物自動車(登録番号八王子一一て一五四、以下「加害車」という。)を運転し、八王子市と五日市町(現在のあきる野市)間を結ぷ都道三二号線(以下「秋川街道」という。)を八王子市方向から五日市町方向に向け進行し、東京都八王子市上川町一七七一番地先交差点(以下「本件交差点」という。)を、同所に設置された信号機の青信号に従い、赤信号による一時停止後、同交差点で秋川街道と接続する都道一九一号線上川口宮野前線(以下「戸沢街道」という。)を美山町方向へ毎時約一五キロメートルの速度で発進左折進行した際、進路前方の横断歩道(以下「本件横断歩道〕という。)を同交差点の歩行者用信号機の青色の表示に従って横断歩行していた訴外亡長谷元喜(小学五年生、当時一一歳、以下「亡元喜」という。)に対し、加害車の右前部を衝突させ、転倒した同人を右後輸で礫過して死亡させた。

2 本件交差点の状況

 本件交差点は、秋川街道と戸沢街道がT字型に交差する交差点で、被告東京都が設置管理していた信号機(以下「本件信号機」という。)により交通整理が行われていた。右信号機は、車両が青信号により左折する際、これと交差する横断歩道の信号も青色を表示し、左折車と横断歩行者とが相互に千渉することになる、いわゆる二現示方式の信号機であった。

3 責任原因

^ 被告Wは、本件交差点を美山町方向へ左折する際、左後方から直進して来る二輪車の有無に対する注意に気を奪われて、本件横断歩道を横断歩行していた亡元喜の動静に対する注意を怠ったまま、毎時約一五キロメートルの速度で漫然と左折進行した過失により本件事故を発生させたものであるから、民法第七○九条に基づき、本件事故により亡元喜及び原告らに生じた損害賠償する貢任を負う。

_ 被告Y石産株式会社(以下「Y石産〕という。)は、被告Wの雇用者で、加害車を自己の為に運行の用に供していた者であるから、自賠法第三条に基づき、本件事故により亡元喜及ぴ原告らに生じた損害を賠償する責任を負う。

1 本件信号機の設置又は管理に瑕疵があったか否か

(原告らの主張)

^本件交差点は、近隣の採石場に出入りすろ大形車両の右左折が多い交差点であった。そして、本件交差点は、二現示方式の信号であったうえ、右左折の大型車両が乱暴な運転をしがちであったため、地域的、構造的にみて、青信号に従い横断する歩行者にとって、同じく青信号により左折してくる大型車両の不注意運転に対して大変危険度の高い交差点、即ち、青信号による横断歩行者と青信号による不注意運転の右左折車との衝突事故の発生の高い交差点であった。

_このような横断歩行者の危険性を回避し、その安全性を確保するためには、本件交差点の右左折の車両と横断歩行者が同時に進行する二現示方式の信号を、右左折の車両と横断歩行者の進行が分離される分離式の信号に改めるべきである。とりわけ、押しボタン式分離信号を設置すれぱ、歩行者の少ない交差点であっても、押しボタンによる車両停止時間が少ないため、交通渋滞の発生する虞れは少なく、少数であるが故に見落とされ易い歩行者の安全性が飛躍的に向上するのであり、かつ、その設置は比較的容易なものである。

` 被告東京都は、本件信号機の設置管理に関し、危険な交通環境の中における弱者保護、人命尊重の観点から、歩行者に対する出来得る限りの危険防止対策を施さなけれぱならない。しかるに、被告東京都は、本件信号を、横断歩行者にとって交通事故の危険性が高く、かつ、重大事故の発生確率が高い二現示方式の信号機としていたのであるから、営造物たる本件信号機の設置又は管理に瑕疵があったものである。

 したがって、被告東京都は、国家賠償法第二条第一項に基づき、本件事故により亡元喜及ぴ原告らに生じた損害を賠償する責任を負う。

(被告東京都の主張)

^本件交差点は、各停止線から前方左右の見通しは良好であった。また、本件交差点は、八王子駅の北西約七キロメートルの地点に位置し、付近は、住宅もまばらで、本件交差点に設置された横断歩道を利用する歩行者は少なく、さらに、本件交差点を通行する車両台数も多くはなく、付近での交通事故の発生も少なかった。したがって、本件交差点は、都内に存在する他の多数の交差点と比較して、歩行者への危険度の高い交差点であるということはできない。

_本件交差点の信号としては、二現示方式の本件信号で十分その機能を有しており、あえて分離式信号に改める必要性はなかった。すなわち、^都内に存在する多数の交差点に設置されている信号機は、一部を除き殆どが本件交差点と同様の二現示方式の信号機であって、交差点に信号機を設置する場合は、二現示方式の信号機を設置することが原則となっている。_二現示方式の信号機が設置された交差点においては、青信号により車両が右左折する際、横断歩道を横断中の歩行者と相互に千渉することになるがこの場合、車両は、横断歩道によりその進路の前方を横断し、又は横断しようとする歩行者があるときは、当該横断歩道の直前で一時停止し、かつ、その通行を妨げないようにしなければならず(道路交通法三八条一項)、右交通ルールは、運転者はもちろん、歩行者にも浸透しており、国民一般に定着している。

`もっとも、都内の多数の交差点の中には、@繁華街など横断歩行者が特に多い上、斜め方向への横断目的を有する歩行者が多い場合、AY字交差点、X字交差点などで右左折車両の展開速度が早い場合、B交差点の見通しが悪い上、歩道が設置されていないなどの事情が認められる場合等の交差点については、当該交差点の形状、交通量、周辺の道路環境などの諾事情を総合的に勘案した上、例外的に、スクランブル式信号機を設置したり、分離式信号機を設置して、交通の安全と円滑を図っている。aところで、本件交差点は、前記のとおり格別の危険性が認められない上、右`の事例にもあてはまらないため、都内の殆どの交差点と同様、二現示方式の信号機が設置されており、これを敢えて分離式信号機に変更すべき必要性ないし合理的な理由は認められない。

`また、本件交通事故は、本件信号が原因となって発生したものではなく、被告Wの一方的な著しい過失によって発生したものである。

aしたがって、本件信号機には、本来それが具有すべき安全性に欠けるところがなかったのであるから、被告東京都がその設置管理者としての責任を負うベき理由はない。

第三 争点に対する判断

本件信号機の設置又は管理の瑕疵について

1 被告東京都が本件信号機を設置しこれを管理していたことは当事者間に争いがない。ところで、信号機は国家賠償法二条一項の「公の営造物」に該当するものと解されるので、信号機が通常備えるべき性質又は設備を欠き、信号機設置の目的である通行の安全の確保に欠ける場合は、その設置又は管理に暇疵があるものということができる。しかるところ、原告は、本件信号機は、横断歩行者の左折右折車両からの安全確保ができていないので、その設置又は管理に瑕疵があると主張するので、この点について検討することにする。

2 前記争いのない事実及ぴ証拠(甲三、五の一、二、六の一ないし四、七、八、九、一一、一三、一四、二〇、二一、二六、二九、三〇、三二、三三、乙三の一ないし三、四、五、六のないし三、七、八、一四、一五、一六、二○、原告長谷智喜、証人加藤信夫)を総合すると、以下の事実が認められる。

本件交差点の状況

 本件交差点は、八王子市と五目市町間を結ぷ秋川街道と、美山町方面からこれに至る戸沢街道がT字型に交差する交差点で、交差点三方部に横断歩道が設置され、本件信号機により交通整理が行われていた。

 右各道路は、本件交差点付近においては、いずれも片側一車線、アスファルトl舗装された平坦な直線道路で、秋川街道は車道の幅員約六・五メートル、両側に幅員一・四メートルないし三六メートルの歩道が設置され、段差及ぴガードレールにより車道と区分されていた。戸沢街道は車道の幅員約七・六メートルで、南側に幅員約二・五メートルの歩道が設置され、段差により車道と区分されていた。また、右各道路は、最高速度四○キロメートル毎時の速度規制がされていた。

 右横断歩道は、ゼブラ状に画かれた横断歩道の表示及ぴ及ぴこれに接した停止線が表示され、これらは通常の運転走行で明瞭に認識することができ、各停止線からの前方左右の見通しはよかった。

(二)本件信号機の状況

 本件信号機は、昭和五九年に設置され、それ以来現在まで六〇秒周期の二現示方式で運用されていた。即ち、車両が青信号により右左折する際、その前方に位置する横断歩道の信号も青色表示をするため、右左折車両と横断中の歩行者とが交差して各進行することになる方式であった。

(三)本件交差点の交通量

 本件交差点は、山間部のまぱらな住宅地帯に位置する閑静な場所にあり、車両の通行量はさぽど多くはなく、横断歩行者は極めて少ない交差点であった。ただ、その特色としては、隣接する美山町にある砕石場に出入りする採石運搬の大型貨物車両の通行路となっていたためこれらの大型車両の右左折が目に付き、また、本件交差点が近隣の上川口小学校への通学路に当たっていたため、横断歩行者はその通学児童が大半であった。なお、一般住民にとって、右大型車両の運転が乱暴に感じられることがあったが、少なくともこれらの車両が日常的に前方不注視等の違法な運転をしていたものとは認められない。

 ちなみに、原告らの本件交差点の交通量調査によれぱ、平成五年一一月当時は、午前六時から午後五時までの間に通過車両が約八三〇〇台、横断歩行者が約八五名であり、平成七年三月当時は、午前七時から同一一時までの間に通過車両約三七〇〇台、横断歩行者約三四名であった。また、右車両のうち、採石運搬の大型貨物車両の割合は約一〇パーセントを占め、横断歩行者の多くは、上川口小学校への通学児童であった。また、被告東京都の平成七年一二月の本件交差点の交通量調査によれぱ、一二時間での横断歩行者数は約六〇名であった。

(四)本件交差点付近の交通事故

 被告東京都の調査によれぱ、平成二年一月一日から平成八年三月末までの間に、本件交差点における歩行者と右左折車両との交通事故は、本件以外に一件あるのみであった。また、昭和五九年に本件信号機が設置されてから本件事故までの間に、付近の住民から被告東京都に対し、本件交差点が危険である旨の指摘がされたり、本件信号機の信号制御の改善を求める要望がなされたことはなかった。ただ、原告らの調査によれぱ、昭和五五牛から現在までの間に、本件交差点の周辺で、非分離信号交差点における右左折車両と横断歩行者との類似の交通事故が数件発生し、歩行者に死亡等の重大な被害をもたらしていた。

(五)被告東京都の信号機設置の状況

 被告東京都は、道路における危険を防止し、交通の安全と円滑を図ることを目的として信号機を設置しているものであるが、信号機の設置の有無、その方式の決定には、自動車の交通量とその変動状況、主交通量の連続性、歩行者交通量の多寡、事故の危険性の状況、信号機設置間隔、付近の環境条件、道路網の形態、設置費用等の諸般の事情が総合的に考慮されていた。

 そして、分離式信号機を設置する基準は特になく、第二の二の1(被告東京都の主張)(二)の事項を考慮して分離式信号を設置することがあるものの、通常は二現示方の信号を設置していた。東京都内の約一万四〇〇〇ケ所の信号機のうち、分離式の信号機は約四〇〇ケ所、約三パーセントにとどまっていた。八王子市及ぴ青梅市付近では、約一〇ケ所の分離信号(押しボタン式分離信号は三ケ所)が設置されていたが、その中には、本件交差点に類似する郊外のT字型交差点に設置されている例もあった。

 なお、本件信号を分離信号に変更する場合は、信号柱、表示機等の変更の必要はなく、ロジック等の変更のみが必要になるに過ぎないもので、新たに信号機を設置する場合に比較すれぱ、費用負担は軽減されるものである。

(六)本件交差点の分離信号要望運動

 原告らは、本件事故後の平成四年一二月ころから現在まで、被告東京都等の関係機関に対し、本件交差点を押しボタン式分離信号に改善する要望書を再三提出しているが、関係機関はその都度その必要がない旨回答している。また、原告らが募った右の賛同署名者数は、平成六牛一月二八日現在で二万一四二六名に及ぴ、賛同団体は、二五町会、四自治会、二〇団体、六企業に及んでいた。また、亡元喜が通学していた上川口小学校教職員一同からも、本件事故直後の平成四年一一月、八王子警察署に対し本件交差点を分離信号にするよう請願書が提出されていた。

3、以上の事実を基に検討するに、二現示方式の信号機は、確かに、青信号にしたがい右左折する車両が、その前方に位置する横断歩道を青信号にしたがって横断する歩行者と交差することになるため、横断歩行者と衝突する危険性を有し、現に、本件交差点付近の二現示方式の信号機が設置されていた交差点においても同様の交通事故が発生している。また、原告らの主張するように、分離式信号に改めれぱ右交通事故発生の碓率が減少することが予想される。

 しかしながら、信号機の設置管理については、交通の安全と円滑を図るために前記2の(五)認定の諸般の事情が考慮されていたことに照らすと、信号機が通行の安全を確保しているか否かを考えるにあたっては、車両の違法走行等のあらゆる交通上の危険を想定しこれを防止しうる絶対的安全性を具備していなければならないものと考えるべきではなく、信号機を利用する者の交通法規に従った常識的かつ一般的な利用方法がなされることを前提とした上で、その安全性の有無が検討されるべきである。そうすると、本件交差点は、停止線からの前方左右の見通しが良く、車両交通量もさして多くはなく、横断歩行者が極めて少ない交差点であり、事故が多発していたこともなかったのであるから、通常存する二現示方式の信号機と比較して特に高度の危険性を有していたとは認められない。

 したがって、右左折車両の運転者の通常の注意により、横断歩行者の交通の安全が図られているものであり、たまたま、本件のような加害車両の運転者の一方的かつ重大な過失による事故が発生したことをもって、本件信号機自体に瑕疵があるということはできない。以上によれぱ、本件信号機の設置保存に瑕疵があったとする原告らの主張は採用できない。

 なお、現在、本件交差点の分離信号要望運動がなされているがこれは、交通弱者である通学児童の交通安全をいかに守るかの問題であり、被告東京都の行政の範囲内の問題であるから、当裁判所の国家賠償法二条一項の法律判断とは次元の異なる問題でありこれらの当否については、当裁判所は意見を述べる意思も資格もない。

・・・・・中略・・・

被告東京都に対する請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所八王子支部民事第三部

裁判長裁判官 宇田川 基
裁判官    尾立 美子
裁判官    浅田 秀俊

平成九年十二月二十五日

東京地方裁判所八王子支部民事三部

裁判所書記官 小畑 久


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