乙(被告東京都)準備書面(一)平成8年4月18日

平成七年(ワ)第二六〇八号

損害賠償請求事件

原告  長谷智喜 外一名

被告  東京都  外二名

平成八年四月一八日

右被告東京都指定代理人 西道 隆

         同  土田 立夫

         同  鈴木 健一

         同  近藤 潔

東京地方裁判所八王子支部

民事第三部御中

準備書面(一)

第一 本件交通事故は相被告Wの過失によって発生したものである

一 本件交通事故の発生

 1 平成四年一一月一一日午前八時○○分ころ、相被告W(以下「相被告W」という。)は、自家用大型貨物自動車(登録番号八王子一一て一五四、以下「本件ダンプカー」という。)を運転し、都道三二号線(以下「秋川街道」という。)を楢原町方向から五日市町方向へ進行して、秋川街道と都道一九一号線(以下「戸沢街道」という。)がT字型に交差する東京都八王子市上川町一、七七」番地先の交差点(以下「本件交差点」という。)に至り、本件交差点の対面する信号機が赤色を表示していたことから、停止線の直前において一旦停止した。

 2 その後、相被告Wは、右信号機が青色に変わったため、二速ギアで発進して本件交差点に進入し、左サイドミラーで、自車の左後方から直進して来る二輪車の有無を確認して、美山町方向への左折を開始した。しかし、進路前方の横断歩道(以下「本件横断歩道」という。)を渡ろうとしている歩行者の有無や同横断歩道上の歩行者の有無に対する注意を怠りそのまま、毎時約一五キロメートルの速度で漫然と進行したことから、歩行者用信号機の青色の表示に従い、同横断歩道を左方から右方に歩行中の訴外亡長谷元喜(以下「訴外亡元喜」という。)を発見できず、左折途中で、本件ダンプカーの右前部を訴外亡元喜に衝突させて、同人を転倒させ、右後輪で轢過して死亡させた(乙第一号証ないし同一三号証)。

第二 本件交通事故の発生原因

1 本件交差点の状況

 秋川街道及び戸沢街道は、本件交差点付近において、片側一車線であり、アスファルト舗装された直線で見通しの良い、平坦な道路であって、東京都公安委員会により、速度規制(四〇キロメートル毎時)、駐車禁止規制(終日)、追い越しのための道路右側部分はみ出し禁止規制が行われていた。

 また、本件交差点には、三個所に横断歩道が設置され、各横断歩道に接して停止線が設けられているが、本件交通事故が発生した当時は、右の各横断歩道及び各停止線の表示はいずれも比較的新しく、通常の運転をしている運転者であれば、これらを容易に視認することができたほか、各停止線からの前方左右の見通しは、良好であった(乙第三号証の一)。

2 相被告Wの供述

 相被告Wは、本件交通事故を惹起したことに関して、警視庁八王子警察署司法警察員巡査鶴田正英が作成した現場見取図(乙第六号証の三)に基づき、以下のように供述している。

 すなわち、同人は、

(1) この事故現場の西方約五〇〇メートル、秋川街道の北側に小学校のあることも知っており、又小学生が四、五人あるいは二、三人連れ立って、この小学校へと徒歩で通学していることも知っておりました。この交差点を左折するとき、この事故を起こした横断歩道の手前で、学童を渡すために停止したことは数一〇回以上と数えきれない程あり、最近では、ここ一〇日以内ではー、二回あったように記憶しております(乙第一二号証、三ないし六頁)。

(2) このア地点、歩道が狭くなっているところには相手の子供さんであったか否かは分かりませんが、子供さんらしい姿が一人あるいは二人位背を向けてこの交差点へと向かっていた様でした。「様でした」というのは、それを注視して見ていたのではありませんでしたので、何となく私の視野内に感じたという意味です。このとき、この姿を目で追って確認しなかったのは、別に他に気を取られるものも、又考え事もしておりませんでしたから、どうして確かめなかったのか分かりません。もしこのとき注意を向けていたならば子供さんがどの方向に向かったか、又向かおうとしているのか確認し、この事故はなかったのです(同一二ないし一四頁)。

(3) この4地点で、左折のため、大きくハンドルを左に切ったのですが、この間私は左後の車の左余地部分に注意を向けておりました。このとき私が歩行者の有無に気を回して左側の歩道と、横断歩道、そしてその付近を見れば相手の子供の姿を直接発見できたはずです。これは、今日の立会説明でもこの位置での確認の結果、左窓を透してか、又は三角窓を透して発見できたはずです。それを発見できなかったのは、私の左余地部分と、美山町方面からの信号待ち車、黄色ぽい軽四輪車との間を交互に見ていたからです。

 私は、つい先程この@地点で、相手の子供をこのア地点約六二メートル先に発見したことも忘れ、この後のこの子供の動きを確かめないまま、左折してこの横断歩道を過ぎて行きました。過ぎた直後、私の車の後輪が何かに乗り上げて、それをつぶした様な鈍い振動を感じました(同二一ないし二四頁)。

 (4) この事故の原因は、先日も申しましたとおり、私が左折するとき、歩道上、又その付近の安全をまったく確認しなかったからです(同二七ないし二八頁)。

などと供述している。

 3 右1に述べた本件交差点ら状況、とりわけ、相被告Wが赤信号のため停止した停止線からの前方左右の見通しが良好であったと認められること、及び右2、1ないし4に摘示した相被告Wの供述によれば、同人は本件横断歩道の存在を十分に認識していたと認められることからして、本件交通事故が、本件交差点の構造上の欠陥によって発生したものでないことは明らかである。

 そして、右2、(1)ないし(4)に摘示した相被告Wの供述からすれば、本件交通事故は、相被告Wが、美山町方向へ左折する際、運転者としての注意義務に違反し、左後方から直進して来る二輪車の有無に対する注意に気を奪われて、本件横断歩道を渡ろうとしている歩行者の有無や同横断歩道上の歩行者の有無に対する注意を怠ったまま、毎時約一五キロメートルの速度で漫然と進行したため、本件横断歩道を横断歩行中の訴外亡元喜を発見できなかったこと、すなわち、相被告Wの著しい過失によって発生したものであることは明白である。

第二 原告らの主張に対する反論

一 原告らは、@本件交差点は、本件交通事故と同種の事故、すなわち、歩行者用の青信号に従って横断歩道を横断中の歩行者と、青信号に従って左折中の車両による交通事故が多発しているから、歩行者への危険度の高い交差点である、A歩行者への危険度の高い本件交差点においては、歩行者が横断中は車両を全赤とする安全性の高い分離式信号機を設置すべきであったにも拘らず、被告東京都は、これを怠ったものであり、営造物たる信号機の設置につき責任があるなどと主張する。

二 しかしながら、以下に述べるとおり、原告らの右主張は、その前提からして失当である。

 すなわち、

1 前述のとおり、相被告Wが停止した位置からの前方左右の見通しは良好であった。

2 また、本件交差点に設置された横断歩道を利用する歩行者は、本件交差点が、八王子駅の北西約七キロメートルの地点に位置し、付近は、秋川街道沿いに川口川が流れ、川口川の両側は丘陵地帯となっていて、住宅がまばらである上、多数の人が集合するような大規模な施設も存在しないことから、本件交差点に設置された横断歩道を利用する歩行者は少なかった(乙第三号証の一)。

 右につき、被告東京都が調査したところ、本件交差点に設置された三個所の横断歩道を利用した歩行者数は、最も多い午前八時から同九時までの時間帯においてさえ、合計一一名に過ぎず、本件横断歩道を右時間帯に利用した歩行者数は、一名のみであった(乙第一四号証)。

3 さらに、本件交差点を通行する車両台数は、午前七時から午後七時までの一二時間において、合計一一、七〇七台(秋川街道上下線、戸沢街道を美山町方向から進行した車両の総数)であり、午前八時から午前九時までの間に、楢原町方向から美山町方向に左折し、本件横断歩道を通過した車両は、一六五台であった(乙第一四号証)。

4 加えて、被告東京都が、本件交差点において発生した横断歩行者に係る交通人身事故について調査したところ、平成二年一月一日から同八年三月末日までの間に発生した事故は、本件交通事故を除き、一件であり、本件横断歩道上において発生したものではなかった(乙第一五号証)。

5 右1ないし4に述べたところからして、本件交差点を、歩行者への危険度の高い交差点であると認めることは到底できず、原告らの主張が、その前提からして失当であることは明白である。

 また、本件交差点に設置された信号機は、道路における危険を防止し、交通の安全と円滑を図ることを目的として、予め調査された交通量(各方向の歩行者及び車両の交通量)に基づいてプログラムを設定し、信号機に内蔵されたコンピユーターで信号機の現示秒数を自動的に制御する定周期式(プロ多段式)の信号機であるが(乙第四号証、同一六号証)、本件交通事故は、相被告渡邊の著しい過失によって発生したものであり、右信号機の設置及び管理の瑕疵によって発生したものではないから、被告東京都が、本件交差点に分離式信号機を設置していなかったからといって、営造物たる信号機の設置に責任があるなどとして、本件交通事故の発生につき責任を問われる謂われはない。

第三 結語

 以上のとおり、本件交通事故は、相被告Wの著しい過失によって発生したものであり、また、原告らの主張は失当であるから、被告東京都に対する請求は棄却されるべきである。


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