甲 準備書面(二)平成8年11月14日

平成七年(ワ)第二六○八号 損害賠償請求事件

原告 長谷智喜 外一名

被告 東京都 外二名 

平成八年一一月一四日

右原告ら訴訟代理人 

弁護士古田兼

東京地方裁判所八王子支部

民事第三部 合議係 御中

準備書面(二)

第一 被告東京都提出の平成八年一二月付準備書面(二)につき、
原告らは次のとおり反論する。

 一 原告は、当該交差点に「スクランブル式信号」の設置を求めるものではない。被告東京都の主張は、原告の主張する「分離信号」に対し重大な誤認を行っているか、故意に原告の主張内容をすり替えているものと考えられる。

 被告東京都は、原告が「スクランブル式信号」を求めているかのように述べているが、原告の主張する「分離信号」とは、「押しボタン式分離信号」であり、そのことは本訴提起以前より行っている原告の分離信号運動の開始時より今日まで一貫しているものである。

 原告は訴状において「歩行者横断中は車両全赤とする安全性の高い分離信号を設置すべきであった。」と行政の瑕疵を既に指摘しているが、この安全性の高い分離信号とは、正に「押しボタン式分離信号」を述べているのであり、「スクランブル式信号」を意味するものでないことは、過去における原告の分離信号運動のなかでも被告東京都に対し明記していたものである。また、被告東京都も原告らの右運動書類を受け十分に承知していた筈である。

 右に述べた原告の運動の願望書の内容は、再三警視庁に提出した書類に記載されているとおりである(甲第七号証「分離信号運動経緯書類コピー」、甲第八号証「分離信号運動報道記事内容」)。従って、被告東京都の主張は、原告の主張の履き違えをしているのであって、誠にもって失当である。

二 押しボタン式分離信号について

「分離信号」の名の由来は、「人」と「車」を分離する信号からきているものであり、「スクランブル式信号」のみを特定するものではない。「スクランブル式信号」とは、定時式に三現示方式を必要とするため、確かに被告東京都の主張するとおり、設置場所により間題の生ずることがある。右のところから、原告は、地元住民と共に当該交差点周辺環境に見合った「人と車の分離をなす信号」即ち「押しボタン式分離信号」の設置を主張してきたものである。

ところで「押しボタン式分離信号」の特徴は次のとおりである。

       記

1「押しボタン式分離信号」は定時の三現示を必要としないため、

@本信号設置により常に車両の通過可能時間が短くなるとはいえない。

A歩行者は横断するに際し常に自らの意思で青色燈火のための押しボタンをなす必要があるために、青点滅中 の歩行者の飛び込み横断が少なくなる。

B歩行者にとって極端な信号待ち時間が課せられるとはいえない。

2「押しボタン式分離信号」を歩行者の少ない交差点に設置すると、

@歩行者の十分な貯留空間を必要とする条件はいらない。

A押しボタンによる車両停止時間が少ないため、交通渋滞の発生する虞れが少ない

B少数であるが故に見落とされ易い歩行者の安全性が飛躍的に向上する。

 右のように、「押しボタン式分離信号」は、「スクランブル式信号」とは特徴も交通に与える影響も異にするものである。とは言え、人と車とを分離するという点においては両者とも同一であり、歩行者への安全性が格段に向上するということは論ずるまでもない。近隣に美山採石場を有するために危険な大型車両の右左折が頻繁で、歩行者のまばらな当該一交差点等での「押しボタン式分離信号」の設置は、その特徴を勘案するに、無辜の横断児童の安全対策として実に的を得た方法であるといえる。

三 当該交差点の危険性について

 被告東京都は、当該交差点が「歩行者が少ない」「事故例が少ない」を理由に、交差点での歩行者の危険性を否定し続けている。しかし、原告は当該交差点の危険性は高いものと主張するものであり、その根拠は次のとおりである。

1 従来より同種の蹂躙事故例が多発していたこと。

 本件事故を含め、連続した四つの近郊交差点のうち、三交差点において同種事故が発生している。またこれら近郊の同種の蹂躙事故例は、「歩行者が少ない」「右左折ダンプが多い」との特徴を備えているものである。更に、この地域では、危険性の高いダンプ車両により、ほかにも多くの事故が発生している(甲第九号証「美山地区事故と類似事故例」)

2 右1における事故の加害車両の全ては美山採石場出入りのダンプ車両であった。

 美山採石場に出入りしているダンプ車両の殆どは、違法無線を積載したうえで往来を走行している。本件事故の加害ダンプ車両も違法無線を積載しており、事故の状況を鑑みるに無線に興じていたとの疑義も存するものである。また、これらダンプの乱暴な運転は、周辺の住民たちの間では周知の事実である(甲第一○号証「加害車両無線機と被告会社駐車場ダンプについて」)。

3 美山採石場と出入りダンプ車両の駐車場との位置関係をみると、当該交差点は正に北の玄関口である。

 当該交差点における車両及び歩行者の交通の流れは、原告提出の統計(甲第一一号証「当該交差点は美山採石場北の玄関口」のとおりである。被告東京都は交通の円滑と安全を担当し、それらの情報を知り得る立場にありながら、当該交差点の危険性を承知のうえで放置していたと考えられる(甲第一二号証「左折蹂躙事故図説明書」)。

 本件事故も、車両運転手の過失も重大な反社会的加害行為といえるが、所轄である被告東京都においては事故の十分な調査を行うことなく、故意にこの種の事故原因の究明を回避したと思われる形跡がある。(甲第二一号証「木村証言落ち、無線落ち説明書」)

4 各種分離信号の交差点について

 今日存在する分離信号の種類は、スクランブル式信号、一部分離信号、交差点押しボタン式分離信号、直線路押しボタン式分離信号などである。現存する各種分離信号の実地調査を行ったので、これら結果を書証として提出する(甲第一三号証「分離信号各種交差点について」)。

5 原告が本件交差点における設置を主張する分離信号とは、「押しボタン式分離信号」である(甲第七号証、甲第八i号証)

 この「押しボタン式分離信号」の特徴は前述のとおりであるが、本件交差点には最も適した信号機と思料する。また、その設置は比較的容易なものである。被告東京都は、原告主張とは異なる「スクランブル式信号」を持ち出して分離信号の設置は出来ない旨主張しているが失当である。
 因みに、本件交差点と類似した環境にある郊外の中山交差点には「スクランブル式信号」に準ずる「定時式三現示分離信号」が設置されているが、この実情からみても被告東京都の主張には現実との矛盾さえ見受けられるものである(甲第一四号証「上川橋交差点と中山交差点の比較について」

6 以上のとおり、本件事故は行政の信号(分離信号)運用ひとつで未然に防止し得たと思料される。原告の主張する「押しボタン式分離信号」設置による事故再発防止策は、危険な交通環境のなかで交通弱者にしかなり得ない歩行者の安全性を高めるものとして至って自然な正当性を有するものであり、また、設置に伴う行政の出費も含めた努力と危険な交通環境おいて失われゆく生の尊さと比して見るに、設置の意義及び必要性は論ずる余地もないものである(甲第一五号証「非分離信号歩行者、車輌視野図について」)。

 被告東京都においては、過去の瑕疵を認めたうえで、将来における国民の安全な交通環境に寄与されるべく努力をなされることを切に希望するものである。

                                以上


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