東京高裁判決 平成10年 8月27日

平成九年削第六〇三九号損害賠償請求控訴事件、平成一〇年函第一〇四五号同附帯控訴事件
(原審・東京地方裁判所八王子支部平成七年9第二六〇八号)

判 決

東京都八王子市               

控訴人(附帯被控訴人)    長谷智喜    
    右同所   同    長谷かつゑ 

右控訴人(附帯被控訴人)           

  両名訴訟代理人弁護士   古田兼裕    
      同          古賀健郎
      同        山寺信之

東京都八王子市               

 被控訴人(附帯控訴人)  W       

東京都八王子市               

同Y石産株式会社              
右代表者代表取締役     Y  

右被控訴人(附帯控訴人)           
両名訴訟代理人弁護士    A     

東京都新宿区西新宿二丁目八番一号       

  被控訴人   東京都
右代表者知事   青島幸男

右指定代理人  西道隆
   同    野上三恵
   同    近藤守澄
   同    島貫 匡

主文

一 本件各控訴を棄却する。

二 本件各附帯控訴を棄却する。

三 控訴費用は控訴人(附帯被控訴人)らの負担とし、附帯控訴費用は被控訴人(附帯控訴人)W及び同Y石産株式会社の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

 一 控訴人(附帯被控訴人)ら

1 原判決を次のとおり変更する。

2 被控訴人らは連帯して、控訴人(附帯被控訴人、以下単に「控訴人」という。)長谷智喜に対し○○円、控訴人長谷かつゑに対し○○円、及び右各金員に対する平成四年一一月一一日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3 附帯控訴棄却

4 訴訟費用は第一、ニ審を通じ被控訴人らの負担とする。

5 第2項につき仮執行宣言

二 被控訴人W、同Y石産株式会社

1 原判決主文第一項を取り消す。

2 被控訴人(附帯控訴人、以下「被控訴人」という。)Wび同Y石産株式会社(以下「Y石産」という。)は連帯して、控訴  人長谷智喜に対し○○円、控訴人長谷かつゑに対し○○円、及び右各金員に対する平成四年一一月一一日から各支払済 みま  で年五分の割合による金員を支払え。

3 控訴人らのその余の各請求をいずれも棄却する。

4 控訴人らの被控訴人W及び同Y石産に対する各控訴をいずれも棄却する。

5 訴訟費用は、第一、二審を通じ、控訴人らと被控訴人W及び同Y石産との間に生じたものはこれを五分し、その一を被控訴人W及び同Y石産の負担とし、その余を控訴人らの負担とする。

三 被控訴人東京都

1 控訴人らの被控訴人東京都に対する控訴をいずれも棄却する。

2 控訴費用は控訴人らの負担とする。

第二事案の概要

 本件事案の概要は、原判決の事実及び理由中の「第二事案の概要」欄に記載のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決書六頁九行目の「交差する」の次に「道路上の」を加える)。

第三 争点に対する判断

 一 当裁判所も、控訴人らの被控訴人W及び同Y石産に対する各請求は原判決主文第一項記載の限度で理由があり認容すべきであるが、右被控訴人両名に対するその余の各請求及び被控訴人東京都に対する各請求はいずれも理由がなく、棄却すべきものと判断する。その理由は、原判決の事実及び理由中の「第三 争点に対する判断」欄に記載のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決書二二頁一行日の「及び及び」を「及び」と改め、同二五頁六行日の「主交通量の」を「主交通流の」と改め、同二八頁一〇行日の「信号機」の次に「の設置された交差点」を加える。)。

 二 なお、控訴人らの控訴の理由並びに右被控訴人W及び同Y石産の附帯控訴の理由に鑑み、当裁判所の判断を次のとおり示しておくこととする。控訴人らは、第一に、本件事故による損害額の算定に関し、現行の低金利下の社会情勢においては、ライプニツツ計数ではなく、ホフマン計数が採用されるべきであり、慰謝料については、亡元喜(本件事故当時一一歳)につき○○円、控訴人ら両名につき各○○円を下らない額こそが、被害者本人及びその両親が受けた無念さ、精神的苦痛を慰謝するに相当な額であり、さらに葬儀費用等については、控訴人らが現実に出費した実費全額である○○円が認められるべきであると主張し、第ニに、被控訴人東京都の本件信号機の設置管理に瑕疵があると主張し、歩行者と車両を同時に交差通行させるという事故の危険性を高く孕んだ本件非分離式信号機の設置につき、被控訴人東京都に管理責任を負わせない原審の判断は、歩行者の注意によっては回避できない交通事故発生のおそれそのものに目を瞑る消極的な判断にほかならず、特に、本件交差点と環境も交通量もよく似た周辺交差点において、非分離式信号機が設置された上で発生した歩行者事故は、本件交差点に関しても十分に起こり得るものとして考慮されるべきであるにもかかわらず、原判決は、本件事故が「たまたま」のものであるとし、さらに分離式信号に改めれば事故発生の確率が減少することが確実に予想されることを認めながら、本件交差点における分離式信号機設置の必要性を否定しており、現実に惹起された事故の原因追究を中途で放棄する無責任なもので不当である旨主張する。

 しかしながら、まず、公の営造物の設置又は管理に瑕疵があったかどうかは、その営造物の有する構造や通常の用法、周囲の環境及び実際の利用状況等諸般の事情を総合的に、具体的、個別的に判断して決せられるべきであるが、そこで施されるべき設備等については、通常予測され得る危険の発生を防止するに足りると認められる程度のものであることを必要とし、かつ、これをもって足りるものと解するのが相当である。ところで、被控訴人東京都は、信号機の設置は、道路における危険を防止し、交通の安全と円滑を図ることを目的とすることから、信号機の設置の適否、その方式については、自動車等の交通量とその変動状況、主交通流の連続性、歩行者交通量の多寡、事故の危険性の状況、信号機の設置間隔、付近の環境条件、道路網の形態等を考慮する必要があるものとし、これを設置する場合には、その目的を効果的に達成できるように、設置場所の条件に適合する種類の信号機を選定しなければならないものとし、また、歩行者と車両の分離式信号機とするか否かに関しては、分離式にしたとぎには歩行者にとっても車両にとっても信号の待ち時間が長くなるという欠点があり、それに伴い車両も歩行者も信号機の表示に従わないで進行したり、横断したりする状況が生ずる弊害があることも考慮して、交差点に信号機を設置する場合には二現示式(非分離式)のものを原則とする交通政策を採用していることが認められ(乙一六ないし一九、原審証人加藤信夫及び弁論の全趣旨)、右のような交通政策が特に不合理なものとは考え難い。しかるところ、本件交差点については、@横断歩行者の数が多いこと、AY字交差点、X字交差点などで右左折車両の展開速度が速いこと、B交差点の見通しが悪いこと、C歩車道の区別又はガードレールの設置がなく、左折による巻き込み事故の危険があることなどの分離式信号機を設置すべき特別な必要性を裏付ける事情は認めることができない。また、本件交差点においては、二現示式信号機による規制のため、秋川街道を進行する車両が右左折する場合、右道路と交差する道路(戸沢街道)側の横断歩道上を横断歩行する歩行者と交差することになるが、被控訴人W運転の加害車のように秋川街道を楢原町方面から五日市町方面に向かう車両の運転者にとっては、本件交差点手前の横断歩道直前に引かれている停止線に達するよりかなり前方の地点から戸沢街道の横断歩道付近の見通しは良好なのであるから、本件における被控訴人Wのように本件交差点を左折しようとする車両の運転者は、戸沢街道の横断歩道を通行する歩行者等の安全を十分に確認し、交通法規(例えば、道路交通法三八条一項)を遵守するなど左折車両の運転者として求められる相当な注意義務を尽くせば、本件のような事故を回避することができるのであって、それにもかかわらず被控訴人Wがその注意義務を怠ったために、本件事故は発生したものである。このような本件交差点の客観的構造、信号機による交通規制の状況、本件事故の発生原因等のほか、平成二年一月一日から平成八年三月末日までの間に本件交差点において発生した交通人身事故は、本件事故を除き一件であること(乙一五。ただし、その事故は本件の横断歩道上で発生したものではなく、その事故態様も本件とは異なり、戸沢街道を進行中の原動機付自転車が美山町方面から本件交差点に進入し、楢原町方面に右折進行した際、本件交差点東側の横断歩道上を北側から横断中の歩行者に衝突したもの)等の事情をも考えれば、被控訴人東京都としては、本件交差点に二現示方式の信号機を設置したことにより、本件交差点において通常予測され得る危険の発生を防止するために必要な設備を施しているものと認められるのであり、その信号機は通常有すべき安全性を具えているものということができる。被控訴人東京都の本件信号機の設置又は管理に瑕疵があるとする控訴人らの前記主張は採用することができない。

・・・中略・・・

第四 結論

・・・略・・・

(平成一〇年五月二一日・口頭弁論終結)

東京高等裁判所第一四民事部

裁判長裁判官小川英明

裁判官長秀之

裁判官高橋譲


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