実父 陳述書  平成8年4月18日

    裁判長 殿

 平成七年(ワ)号二六〇八号 損害賠償請求事件
   
                  

一、本件事故概要について

 裁判長殿、私たちは、何の落ち度もない平和な毎日を営んでいた一家族です。

 被害者本人長谷元喜(当時小学5年)は、平成四年十一月十一日の晴天、登校途中の「上川橋交差点」青信号横断歩道上において、背後から左折してきた先頭車輌の8tダンプに蹂躙され、右後輪によって絶命(頭蓋骨粉砕骨折)させられました。本件事故は、交通事故に良く見られる車輌運転手のちょっとしたミスや一時的な脇見によるものではありません。加害者Wが、信号待ちからの継続的な前方不注意の末、青信号で横断する息子を見落とし惨死させたものです。(不注意の原因は、違法無線に興じていた疑いが強い)

 このような事故は、交通事故にして交通事故にあらず。私たちは、殺人罪にも匹敵する「絶対強者による悪質な交通犯罪」であると、加害者に強い憤りを憶えます。登校途中、子供が安全を確保されるべき青信号の歩道上で、無造作な左折ダンプに突然背後からひき殺され、無惨な姿で帰宅させられた我が子を見た私たちの嘆き、悲しみ、苦しみ、恨み、憤りは、筆舌に尽くしがたいものです。

 私たちは、加害者によって何にも替えがたい最愛の子供の命を奪われ、生涯にわたり消し去ることのできない精神的苦痛をうけました。私たちの心は、まるで自らの心臓をえぐり取られたかのように事故当時のまま冷たく凍り付いた状態です。この加害者の行為によって、私たち夫婦は殺された子供の不憫と無念の思いを抱き、生涯抜け殻のような精神状態で暮らして行かねばならないことを悟りました。

 本件を審理するにあたり、親に言われ、国の指導に従い、危険な交通事情の中で自らの命を守ろうとする生身の子供と、ダンプと言う交通絶対強者の立場にありながら、常軌を逸した不注意を犯し、歩行者の命を奪う大人(本件加害者)を同等に扱って頂きたくないことを裁判長殿にお願い申しあげます。

二、加害者の対応について

 何の罪もない我が子に最大の恐怖を与え、一方的に子供の命を奪ったこの加害者に、私たちは謝罪と共に事故の説明を求めました。しかし、形式的に2回来宅した加害者は「すみません」「わかりません」を述べただけで、その後は全て代理人まかせでした。

 何の罪もない子供を青信号でひき殺され「分かりません」では、どこの親も納得などいたしません。加害者は、他人の子供を一方的に殺戮しておきながらも十月の刑で禊ぎをすませたように思っているのか、その後はまったく姿を見せておりません。私たちは、失意の中で紳士的な態度をとって自制してまいりましたが、この加害者が何の誠意も払わないことに「ふざけるのもいいかげんにしろと」激怒するのは当然のことと思います。

私たちは、事故後の処理においても加害者W及び会社関係者に、なんの誠意も感じとることはできませんでした。

 賠償問題での代理人は、私たちには何の過ちもないのに、勝手に葬儀や墓石費等の定額を押しつけてきましたが、そのような弁は被害者として到底理解できるものではありません。なぜ、一方的に殺された子供の葬儀費等で、被害者が自腹を切る強要をされなければならないのでしょうか。代理人の弁には、腑の煮えくり返る思いがいたします。私たちは、誠意のかけらもない加害者がすがる、代理人本位の社会通念などで和解する意志はありません、私たちが被った損害とあまりにも隔たりがありすぎます。

加害者の対応概略

加害者本人の謝罪は2回のみでした。

平成四年

 ・葬儀    加害者の妻と子、葬儀に参列。

 ・本人保釈後 加害者本人、夫婦で来宅。
       (私たちは、犯した罪を償うよう申し入れる)

 ・四十九日  加害者本人、夫婦で来宅。(以後本人からは何の連絡も無い)

平成五年

 ・      加害者の妻、保険会社の代理店担当員をつれて来宅。

 ・突然    相手弁護士より加害者情状の依頼電話がある。
       (情状には応じられない旨伝え、弁護士からの再度の電話を断る)

 ・加害者上告 加害者は、被害者の意に反し、一審、十月の刑を不服と上告していた。
       (Y石産でWの上告を知る。加害者は全く誠意のない者と再認する)

 ・本人へ   加害者宅へ本人に電話するも「いない、分からない」居留守の連続

 ・突然    お盆に花店より加害者からの生花と供物の届け物が来たが、花店に
        事情を説明し返却する。            (高裁審理中)

        加害者の目的は、送付証を手にする、誠意の偽証作業であった。

 ・突然    自宅にいきなり現金を郵送された。電話でいきなりの現金郵送を断
        り開封せず法廷で返却する。          (高裁審理中)

        加害者の目的は、送付証をもって、誠意の再偽証の試み。

        高裁の場での加害者の答弁は、嘘の証言と誠意の偽証の連続であった。

 ・突然    一周忌に、加害者の妻と実母が「お父さんに言われたから」と来宅。
        以後、加害者家族からも全く何の連絡もない。

平成六年2月 加害者側代理人A弁護士より、事件が風化するのでと書面にて示談の用意がある旨の連絡有り。

 加害者や痛みを知らない代理人は事件を風化させることはできても、何の落ち度もない息子を蹂躙された私たちの深い悲しみ、断腸の思いは、生涯風化することはありません。幾度か、書面のやりとりを行いましたが、一方的に他人の子供を惨死させた加害者本人が何もしない、代理人任せの示談にはとても応じることはできませんでした。

三、被害者本人と我が家の交通教育について

被害者本人の記録

@、知力、体力

息子の事故当時の知力、体力等は小学校5年通知票の通りであり、健康状態は良好でした。車社会から自然淘汰を受けるゆえんはありません。

A、賞    ・そろばん五級(平成四年十月二十五日)死亡後合格通知

       ・校内マラソン大会 例年 第二、三位

       ・平成四年度緑化運動標語入賞(二席) 死亡後受賞通知 

        「ちいさな木、みんなで育てておおきな森」    

B、性格

・心やさしい少年、元喜は人一倍やさしい心を持った少年で、田舎から出てきたおばあちゃんに「おぶってあげようか」と小さな背中に背負って年寄りを喜ばせたり、父親である私の腕枕で毎日就寝し、親を喜ばせてくれた子供でした。

・がんばりやの少年、元喜は、がんばりやさんでした。元喜は、小学一年生で親と共に富士登山に挑戦し山頂にも立ちました。また、校内のマラソン大会が近づくと、毎日友達と朝早くから練習をおこない、毎年二位〜三位と好成績を残しておりました。

・慎重で臆病な少年

 小学校3年くらいまでは、友達が自転車に乗っていても元喜は「乗りたくない」と友達の自転車の後を、昔の足軽のように走っていまし
た。理由を聞けば、「なぜ自転車は、二輪なのに倒れないのか?」と言う疑問が自分で納得できなかったからでした。大好物の棒アイスは、落とさないよう下に手を添えて食べていたのが印象的でした。もちろん、望んで出産した長男元喜は、私たち夫婦にとって目に入れても痛くない存在であり、生きる糧であったことは言うまでもありません。

我が家の交通教育

 親が子供の安全を願い交通教育することは、ごく自然のことです。私たち夫婦は、子供たちや家庭を事故から守るため、十分な教育を行っていたと自負いたしております。

^、私は、子供たちに幼いころから、なぜ車が危険であるかの教育を致しました。特に命の危険が感じられる行為(幼児期にふざけて白線を超えて車道を歩く)等においては、即怒鳴りつけたり、平手打ちで危険を自覚させる体感教育をしました。お前は「死にたいのか」の私の問いに、息子は「死にたくない」と答えていました。

_、高速道路のサービスエリアでは、事あるごとに事故の写真ニュースを見せ事故原因を説明しました。

`、小学校入学時には、家族で通学路を検分し交差点の渡り方を指導しました。

a、息子の自転車は、本人がその気になり、車の恐ろしさが理解できるとともに体のできた小学3年生になって、始めて私自身の手で乗り方を教えてやり買い与えました。

b、息子の交通安全に対する自覚は、「信号はなぜあるのか? A・信号がないと事故がおきるから」の自作カードにみられるとおりです。(事故当日のランドセルから出てきた遺作)

c、私の車輌構造安全認識の一端(フェンダーミラー車)

 車は一歩間違えれば走る凶器であると認識しております。私は、自分自身のため、また家族のため、少なくとも事故につながる「過失をしやすい車輌は、買わない」の考えから、視野が広く運転しやすいオーソドックスな車輌の中でフェンダーミラー車を乗り次いできました。

   昭和六十一年まで  日産チェリーセダン(フェンダーミラー)

   平成二年まで    三菱ランサーセダン(フェンダーミラー)

   平成四年まで    ホンダシャトル  (フェンダーミラー)

 フェンダーミラーの安全性が高いと考えられる根拠は、前方に気を配りながら少し視線を変えるだけで左右の側方が確認できるからです。運転時の過失発生率が少ないミラー構造と言えます。したがって、交通の安全を指導する警察車輌(パトカー)などは、やはり安全性の高いと思われるフェンダーミラー車を原則採用しておりますし、事故処理費用の軽減に神経を使うタクシー会社も同様にフェンダーミラー車を採用しております。

 四、都の事故防止策の瑕疵について

 本件蹂躙事故現場は、絶対交通弱者(児童)が生活上毎日渡らなければならない通学路に位置する、交差点の歩行者用青信号横断歩道上です。その場所で我が子は、交通ルールを守り、歩行者としての注意を行いつつも、背後からの左折ダンプに最大の恐怖を与えられ、なすすべもなくものの見事に蹂躙されていました。

「なんなんだ!この事故は!」

「この歩行者用青信号とは何なんだ!どこに歩行者「青」の意味があるのだ!」

 この憤りは、同じように家族を死にいたらしめられた全ての遺族が、号泣とともに訴える当然の疑問と激怒であると考えます。ダンプによって無惨にひき裂かれたランドセルの中からは、学校行事で使うため自分で作った数枚のなぞなぞカードが出てきました。

「信号はなぜあるのか? A・信号がないと交通事故がおきるから」

 この一枚を目にした私たち夫婦は、声もなくあとからあとから涙があふれ、言い様のない深い悲しみと強烈なショックをおぼえました。これは行政の指導のもと、私たち大人が常日頃から子供たちの命を守るために口をすっぱくして言い聞かせている安全教育の要約です。しかし、まさか交差点における歩行者用青信号が、歩行者を的にしたロシアンルーレットのような状況にあるとは夢にも思って見ませんでした。

 青信号をたよりに横断する歩行者、それを見落とす過失車輌、加えてこの過失車両の進入に無防備な、同方向青で人と車を交差させる交差点の信号運用。この交差点構造では、運の悪い歩行者が横断中過失車に見落とされ、一方的にはねられたり蹂躙されたりする被害に遭遇するのは、当然の理であり確率の問題であると考えます。

 信号機のある交差点での歩行者事故は、車輌と人を同時に交差させない「分離信号」をもってすれば、これら悲惨な事故の発生は飛躍的に減少すると考えられます。もちろん本件の場合、上川橋交差点が分離信号であったなら、加害車両は赤信号を確認し停止を続けていたのであるから、我が子が蹂躙されることはありませんでした。分離信号は、物理的に人と車が交差する要因がないわけですから事故は発生しなかったと言えます。

 本件事故現場「上川橋交差点」は、隣接美山町に大規模な採石場を有しており、採石ダンプの北の玄関口となっておりました。美山町周辺をはじめとする交差点では、過去において幾度となく大型車両によるこの種の悲惨な右左折蹂躙事故が発生いたしておりました。本件でも見られるとおり一旦大型車両による対人事故が発生した場合、歩行者だけがひとたまりなく殺傷されてきたことは周知の通りです。私たちは、この地域の交差点で分離信号を試みることはさほど難しいことでなく、十分可能なことであると考え地元警察署をはじめ警視庁に強く働きかけました。

 しかし、当該事故現場である上川橋交差点に幾度「分離信号」を求めても警視庁からは、納得できる回答はもらえず、現在にいたるまでにそれに変わる事故防止対策さえ講じていただいておりません。

 分離信号への改善運動代表者のPTA会長、高野誠氏は、「分離信号は、現在の危険な交通環境の中で、この種の事故防止策としてはベストではないかも知れないが、最もベターな方法であると考えます。」と八王子署において信号改善の有用性を述べておりました。

 また、現在も当該交差点を利用している児童の父兄代表、岡崎哲治氏は、その後も各方面に分離信号運動を展開し上川橋交差点をの改善を求めてまいりました。私は、事故が発生してからはじめて防止策に気がつきそれを検討することは、大変残念な事ですがある意味ではやむえぬことと考えておりました。

 しかしながら、このように事故防止の有益な改善方法が存在し、地元住民の多くが事故再発防止を願いそれを切望してもなんの対策も施さず現状維持を押し通すことは、都行政が危険度の高い交差点を渡る歩行者に対し過失車両からの危害を容認していることであり、行政の瑕疵であると認識するにいたりました。

五、加害者及び都答弁書について

平成七年十二月二十一日付、加害者答弁書については、深く不快の念をいだきます。

 加害者答弁書について

第一

一、青信号で歩く無辜の小学児童を自らの過失で蹂躙死しさせ、原告請求を棄却するとは不愉快極まるところです。被害者として事故の被害に加えなお、耐え難き苦痛を受けたことを宣言し、原告人として被害の全てを請求いたします。

二、訴訟発生原因は、事故発生の発端から今日にいたるまで全て被告人によるものであるからして、原告の訴訟費用は請求どおり全額被告人らの負担を求めます。

第二

一、本件は、被告人加害者が信号待ちの間から事故発生にいたるまで、継続的に目の前で同じく信号待ちをしていた被害者に何の注意も払わず、漫然と車輌を発進させての大型ダンプによる児童殺害事故であることは明白な事実です。長時間の間、目の前で肉視できた子供を見落とし蹂躙し、「周囲の安全に注意を払った」とか「発見がおくれた」などという弁明は一切認めません。かかる件に対し被告人らが本件で不知をのべる資格はないと思います。本件のような加害者が不知などと不愉快な表現は認めません。

二、原告の意を認めない件については全て争う所存です。

第三

 親にとってかけがえのない最愛の子供を一方的かつ無造作に蹂躙死させられ、謝罪のまねごとや、賠償は保険会社まかせの他人事の処理で被害者の親が納得できるはずはありません。私たち親は被害者遺族にあらず、子供を奪われ平和な家庭を破壊された、被害者本人であることを申し述べます。

 私は、被告人及び被告会社の誠意ある謝罪、誠意ある賠償の申し入れを一度も感じたことはありません。尚、現在でも多くの美山採石ダンプが無線片手に走行する様や、自宅近くの秋川街道で無謀な採石のダンプが、またもや一方的な事故発生させ、対向車線を走る無辜の運転手を車ごとスクラップ死させた(平成七年四月三日)ことは知っております。被告会社が業界内で安全運転を呼びかけている等は信じるに値しないとものと考えます。

六 都答弁書について

第一

 原告の都に対する請求は、危険度の高い交差点で無辜の歩行者の安全を図っていただきたい。しかし、かかる危険性を容認し、歩行者の安全対策が行える状況にありながら放置するのであれば管理責任者に瑕疵があったとして賠償責任を求めるものです。

 原告の主張は当該事故の実証的検証と今日までの経緯をもって証拠といたします。訴訟費用は、罪のない被告が負担するものでなく、本件訴訟を発生させた原因である被告らの負担を求めます。

 また、二月十五日、都の代理人は、刑事記録と、加害者供述だけで答弁したい旨を述べておられましたが、本件事故原因の解明にあたっては、そのようなものだけでは不十分であることを宣言し、それを立証するつもりです。

 私たちの損害の算定については、一方的に壊滅的な被害を受けた者として適当と思われる算定額を請求いたしております。本件の審理にあたっては、被害者の意をお酌み取り戴くと共に、無辜の歩行者が過失車輌から身を守れる安全な交差点構造の一助ためご尽力を承りますよう、裁判長殿のご配慮程を伏してお願い申し上げます。

    平成八年四月十八日

                       東京都八王子市

                        被害者本人実父  長谷 智喜


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