讀賣新聞 福岡 2002.11.19
   ルポルタージュ、92

歩行者を守る安心交差点
横断中 車ストップ 新信号
事故撲滅、渋滞解消も

 交差点内での事故を防ぐため、歩行者が青信号で横断中、並行して走る車の右左折が出来ないようにする信号システムが脚光を浴びている。

全国の警察が今年一月から半年間、百か所でテスト運用したところ、人身事故が四割、人対車の事故は七割も減った。警察庁は来年度から本格的に推進する方針だ。福岡県警も交差点二か所でテストを行い、運用期間が終わっても続けている。この信号が、効
率を追い求めた車優先の交通社会から、歩行者優先のシステムに転換する試金石になるだろうか。
 ◆事故が減った◆
 飲食店を中心に約三千店がひしめく九州最大の歓楽街、福岡市・中洲。那珂川をまたぐ春吉橋のたもとにある春吉橋東交差点は、昼と夜で周辺の様子ががらりと変わる。川沿いに屋台が軒を連ねるころから、車の量がぐんと増える。大半がタクシーだ。夜が更けるにつれて横断歩道は、ほろ酔い加減のサラリーマンや若者のグループであふれ返る。

 福岡県警が新システムの信号を導入した一つが、春吉橋東交差点だ。信号や一方通行を利用して歩行者が横断中は車の右左折が出来ないようになっている。警察は、歩行者と車を分けて通行させるとの意味から「歩車分離式信号」と呼ぶ。運用前は、横断歩道を渡る人の間を縫うように車が右左折し、接触しそうになることも多かった。車にとってみれば、歩行者のためになかなか曲がることが出来ず、渋滞が慢性化していた。
 しかし、分離式になってからは、そんな危険や渋滞は格段に減った。ほぼ毎日、春吉僑を選る同市中央区のタクシー運転手、小宮勉さん(51)は「歩行者が渡って
いる横断歩道に車が入ることがないので、はるかに安全になりましたよ。車の流れもスムーズです」と話す。
 県警交通規制課によると、この交差点での人身事故はテスト運用期間中の半年間で一件(昨年同期五件)。バイクが停車中の乗用車に追突し、乗用車の人がけがをしたものだけで、車と歩行者の事故はゼロ。物損事故は二十三件から三件に激減した。
 二百。にもわたって車が数珠つなぎになるのが当たり前だったが、運用後は渋滞はほとんどなくなった。 もう一か所、テスト運用が行われた福岡市博多区吉塚本町のJR吉塚駅前交差点も、効果はてきめんだった。県警のまとめでは、昨年一−六月には人身事故が七件発生したが、運用が始まってからの半年間は二件だけ。物損事故も八件が四件に減った。
 今後、県警は県内五十か所の交差点を改良できるか調査、整備を進める予定だ。

 ◆10年間の訴え◆
 一九九二年十一月、東京都八王子市。同市の病院職員、長谷智喜さん(49)の長男元喜君(当時十一歳)はいつもの道を学校に向かっていた。丁字路交差点の横断歩道を青信号で渡った時、左折してきたダンプカーにはねられ、亡くなった。
 「元喜は青信号に裏切られるようにして殺された」。長谷さんは、歩行者と車が同時に青信号で進む交差点の構造に疑問を持ち、新聞などで全国各地の事故を調べた。同じような悲劇が頻発していた。
 「車を止めて歩行者を歩かせればいいのではないか」。そう考えるようになり、都を相手に裁判を起こす一方、本の執筆や講演、著名運動などで新システムの
信号の導入を訴え続けた。整備が決まったのは、元喜君の死から十年後。「ようやくここまできた。新システムの信号が増えれば、必ず子供たちの命は救われる。元喜の命が少しでもかえってくる気がするんです」。長谷さんは感慨深げに話した。

 ◆命を守れ◆
 中年男性が運転する乗用車が交差点を左折した。男性は携帯電話で話しながら片手でハンドルを握っている。横断歩道にはリュックサックを背負った小学生の男児が三人。乗用車が急ブレーキをかけた。幸い事故にはならなかったが、ヒヤッとさせられた。
 同市中央区の六木松交差点。国道と市道などが斜めに交わる変則六差路で、昨年は人身事故が十六件起きた。同市中心部を管轄する中央署管内で一昨年は最悪、昨年はワースト3の事故多発交差点だ。小、中学校の通学路にあたるため、周辺住民は「六本松を考える会」 (嶽村久美子代表)をつくり、県議会に同交差点を新システムに変えることを求める請願を出した。
 十月中旬の夜。記者が乗っていたタクシーが、交差点を右折中、直進車と衝突した。記者は後部座席の窓やドアで頭、首などを強打し、いまだに痛みがとれない。交通事故の恐ろしさを身をもって体験した。
 新システムの信号を巡っては、青に変わるまでの時間が長くなり、「かえって渋滞することもある」との指摘もある。しかし、歩行者を守り、事故を減らす効果はモデル運用で実証されたと言えるだろう。信号の改良費用は数十万円だ。交通事故が多発する交差点を中心に導入を進め、人命を守ることが急務だ。
    文・山田 真也
   写真・中島 基樹

【写真】春吉橋東交差点(中州)
 新システムの信号が導入され、大幅に事故が減った春吉
 橋東交差点(13日午後9時35分、福岡市博多区中洲で)

「人対車」交通死の3割
 交通事故の実態 警察庁によると、昨年1年間の全国の交通事故死者数は8747人。人対車の死者は約3割で、そのうち、2割程度が信号交差点で発生した。 同年の人身事故は約95万件にのぼり、死傷者数は約119万人で史上最高。大分県民約122万人に匹敵する数で、人身事故の多さを物語る。福岡県での死者数は334人で、全国ワースト8位だった。

【図】春吉橋東交差点(中州)
・国体道路の車用信号が「青」の場合、並行する横断歩道は「青」。市道は一方通行なので、国体道路からの右左折はできない。

・市道の車用信号が「青」の場合、国体道路の横断歩道は「赤」で、市道の車が右左折する。市道が「赤」になると、すべての横断歩道が「青」になる。

【図】吉塚橋交差点
・横断歩道@が「青」の場合、県道Aの車用信号は「赤」で、矢印信号に従って直進しかできない。横断歩道@が「赤」になると、県道Aは「青」になり、右左折が始まる

・横断歩道Aが「青」の場合、県道Bの車用信号は「赤」で、右左折できない。横断歩道Aが「赤」になると、県道Bの車用信号は「青」になり、右左折が始まる。
 

 

2002年3月4日

2002.10.19(土曜日)アサヒタウンズ 

「分離信号」を英国で調べた
八王子の長谷夫妻

横断中の長男が交通死

 八王子市の長谷智者さん(49)かつえさん(49)夫妻は、「分離信
号」を求めて運動を、10年間続けている。夫妻の長男・元喜君は10
年前、青信号を横断中、左折してきたダンプにはねられて亡くなっ
た。9月半ば、夫妻は元喜君の位牌(いはい)を持って、分離信号
の先進国・イギリスを訪ねた。「交通事故になる要因をできる限り取
り除いているイギリス流の考えに刺激を受け、力づけられた」と長
谷さんはいう。 
(榎戸友子記者)

運動10年「力づけられた」

 元喜君は小学5年のときに、通学路の横断歩道上で亡くなった。「青信
号で横断していたのに・・」。長谷さん夫妻は、元喜君の死が納得できな
かった。
 交差点のなかで歩行者と右左折車が交差する信号機のシステムに問題が
あるのではないか1。夫妻は「2度とこうした事故が起きないように」
と、歩行者の横断中に、車両が交差点に入れない「分離信号」に替えてい
くしかないと考え、その運動に乗り出した。
 2万人以上の署名が集まり、分離信号を求める要望書を、八王子警察署
や警視庁に提出した。95年からは、東京都などを相手に、信号機の管理責
任を問う裁判も起こした。いずれも認められなかった。自費出版やホー
ムページの開設、講演などを続け、地道な活動を続けてきた。船橋市議会
のように、分離信号化の陳情が採択された所もあ…る。

 1年ほど前、イギリスが分離信号を取り入れていることを新聞報道で知
り、イギリス視察を思い立った。イギリスは欧米諸国のなかでは交通事故
死者数が低く、10万人あたり5・9人(日本は8・2人)だという。
 夫妻は知人の長田豊司さん(八王子市)に通訳を頼み、イギリスに向か
った。ロンドンでは交通省の担当官が応対してくれた。「質問したいこと
だらけで、約束の時間を大幅にオーバーしました」と智喜さん。
 イギリスは信号がすべて分離信号だ。交差点では人と車が交わることが
ない。広い道路の横断歩道では、中央に分離帯があり、歩行者は手前の車
道と、分離帯の先の車道と別々に信号を確かめて渡る。「歩行者が左右両
方見る必要がない。片方だけを見て渡ればいい。とても合理的」。横断歩
道はとても少ない。信号機のない横断歩道(ゼブラクロッシング)は、電灯
付きのボールが立っているだけ。ガードレールも見当たらない。「日本のほう
が一見歩行者を保護をしているようにみえますが、イギリスは、基本的に自分
の命を自分で守ることを徹底していると感じました」。交差点では、危険
を知らせるために信号の時間などが工夫されていた。
 日本でも今年1月、警察庁が100カ所の交差点をモデルに分離信号を
新設した。半年後に事故発生状況を調べたところ、設置前の半年に比
べ、死傷事故は6割に減った結果が出た。4月には、長谷さんの長男が亡
くなった八王子・上川橋の信号機も、分離信号に替わった。

【写真】
ストップウォッチで青信号の時間をはかる長谷さん

 かつえさんは「事故から10年、ようやく分離信号が理解されだしたのか
と思います」
 今回のイギリス行きで、夫妻はロンドンの名所はどこも見られなかっ
た。が、ロンドンの信号と横断歩道を調べ歩き、郊外の道路の状況をレン
タカーで探った。「とても充実していた。息子がそうさせてくれたのか」
と智喜さん。イギリスの交通システムを、そのまま事情の違う日本に当て
はめることはできない。だがイギリスのよい部分を日本も取り入れられな
いかと、夫妻は考えている。

            


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